
抗生物質の定義
皮膚から呼吸器、消化器、尿路感染など、あらゆる感染症に不可欠の抗生物質。
その定義とは、1952年にスプレプトマイシンを発見したS.A.ワクスマンが
『微生物によって生産され、他の微生物の増殖を阻害する物質』
としました。
世界初の抗生物質の発見はアオカビが作り出すペニシリン(1929年)ですが、当初非常に不安定な物質で、実用化されたのは1945年になってからです。
このアオカビはペネシリウム クリソゲナム(Penicillium chrysogenum)といい、子嚢菌門に属しています。
顕微鏡で見ると筆のような形(penicillus)をしているのでそう名付けられました。
このペネシリウム属にはキノコとして扱われる大型のものから、ゴルゴンゾーラチーズに使われるペネシリウム グラーカム(P.galaucum)ロックフォールに使われるペネシリウム ロックフォルティ(P.roqueforti)などがあります。
カマンベールやブリーなど白カビも、このペネシリウム属で、人間に有害な影響を与えるものはあまりありません。

だからと言って、パンやお餅に生えたアオカビは油断しないで下さいね。
目に見える状態になった時は、アオカビ以外の微生物繁殖も進んでおり、その中に毒性も持つものも少なくないので。
そして一部独特の形態を取るペネシリウムには強い毒性を持つものもあり、夏場によく発生する過敏性肺炎の原因になったり、耳や爪、尿路感染などを引き起こすことがあります。
あと免疫力が下がっている時に起こる”日和見感染”にも、ペネシリウム属が原因となることがあります。
他にも子嚢菌門には体のあちこちで感染症を引き起こすカンジタ属。
水虫でお馴染みのトリコフィトン属。
動物だけでなく植物にも広く感染するフザリウム属。
そしてパンや醸造用の酵母として使用されているサッカロマイセス属など非常に多彩な顔触れです。
そうそう忘れちゃいけないニホンコウジカビ=アスペルギルス オリゼーが属するアスペルギルス属も子嚢菌門。
このアスペルギルス属は、ペニシリウム属と非常に似ていて、近しい関係にあります。

真菌は人間の祖先?
〇〇菌とつくとなんとなく全て細菌のような気がしますが、真菌はカビ・酵母・きのこの総称です。
実は細菌と真菌は生物的に大きな差があります。
人間の祖先は”真菌”にまで遡れる・・・と言われますがその根拠は有性生殖があること。
我々人間を含む動物は父方母方双方の遺伝子をもらって染色体を形成してます。
二つで一組になっているから二倍体という言い方もしますが、細菌はその片方しかないので一倍体。
つまり生殖による種の概念が成り立ちません。これは真菌や植物、そして我々動物とは決定的に違う部分なのです。
真菌は動物の交配とはちょっと違いますが、有性生殖する世代と無性生殖をする世代があるのです。
2011年までは有性生殖世代(完全世代)と無性生殖世代(不完全世代)で、それぞれの名前がついていたのですが、2012年1月1日から
『一つの生物には一つの名前』
ということになりました。
ところが
「じゃあどっちの世代の名前に統一するのだ」
ということになり、議論は続いているのです。
勉強の苦手な人間としては、覚えるものが半分になるのはありがたい。でもその命名ルールが複雑になるのはもっと困るので、誰か頭のいい人が画期的な分類を考えてくれたら・・と強く願っています。(ホント切実(;^ω^))

なぜならペネシリウム属やアスペルギルス属の中には有性生殖世代がない(確認されていない)ものもあるからです。
ニホンコウジカビ(アスペルギルスオリゼー)なんかはまさにその代表格。
ところが
「じゃあ、無性生殖世代に統一すればいいじゃん」
とはならないのは、カビの分類は有性生殖世代を基準にしているから。
つまり有性生殖をしない(またはしてるかもしれないが、その世代を見つけられていない)というのは特徴として分類基準になっているからです。

抗生物質の可能性
そういうわけで、分類については暫く議論が続くでしょうが、真菌にしろ細菌にしろ、他の物質に抵抗するための物質を抗生物質と呼んでいるわけです。
最近はその構造を化学的に合成して作れる薬もあり、そちらは”抗菌剤”と呼ばれることもあります。
さきほどのペニシリンは真菌の代謝物でしたが、これは細胞壁の合成を阻害することで感染症の原因となっている微生物をやっつけます。
また抗生物質を定義したワクスマンが発見したスプレプトマイシンは放線菌(Streptomyces griseus)の代謝物。
これは不治の病とされた結核の治療に用いられた初の抗生物質ですが、ペスト菌にも効果を発揮します。
放線菌には優れた代謝物がたくさんあり、クロラムフェニコール系やテトラサイクリン系など次々と優秀な系統の薬が誕生しました。
イベルメクチンも放線菌の代謝物で、マクロライド系のグループです。
だからね、新型コロナに効く・・という話も当然なんですよ。
関連ブログ⇒あまり知られていないあの薬の作用機序
これら放線菌由来のグループは、タンパク質の合成を阻害することで効果を発揮するものが多く、今も臨床の現場で一番使われていると思います。

同じようにやはり放線菌の一種(Streptomyces verticillus)から分離したブレオマイシンは、細胞のDNAを切断して細胞死させます。
このようにDNAを切断したり活動を阻害するタイプの抗生物質は、抗がん剤としても使われています。
抗生物質ってすごいでしょ。
だからその分、選び方や使い方が大切なんです。

ハエカビ亜門やケカビ亜門には強烈な毒素を出して、厄介な感染症を引き起こすものもありますが、トリモチカビ亜門やツボカビ門などのグループに病原性を持つものは今の所確認されていません。
もちろんまだ発見されていない・・という言い方もできますが、”カビ”と名付けられているからと言って悪いものばかりではないのです。