ムール貝の名で、これから旬を迎えるムラサキイガイ。
ワイン蒸、シチュー、パエリア・・など美味しいことこの上ない貝ですが、日本では生態系に影響を与える生物として生態系被害防止外来種となっています。
(海沿いの護岸などに大量についているのは、8割方これです)
近年サプリメントで人気のミドリイガイも、やはり生態系被害防止外来種に指定されています。
どちらも強い繁殖力で日本全国に生息していますが、北海道東部沿岸に自生する近縁種キタノムラサキイガイとの交雑やカキ養殖などに悪影響を与えるため注意が必要な貝です。
そして今回驚きの研究結果が発表されたのは、その貴重な自生種キタノムラサキイガイのガン。
主な生息地は北米など、海水温が低い地域です。
学術誌eLifeにて(2019年11月5日付)キタノムラサキイガイが白血病に似たガンに罹り、この病気が水を伝って、他のキタノムラサキイガイに感染していると発表されました。
『ガンが感染する』
というと、これまでは猫白血病ウィルス(FeLV)やヒトパピロマウィルス(HPV)など、ウィルス感染によって、ガン発症リスクがあることは知られています。
しかし感染したら必ずガンを発症するわけでもなく、初期にウィルスを排除したり、ワクチン接種で感染自体を防ぐこともできます。
またウィルスを排除できない状況になっていたとしても、免疫力を維持し、継続的に管理していれば発症しないまま天寿を全うすることも出来ます。
猫白血病ウィルスは、感染猫の涙や唾液、糞尿にも存在し、母猫の母乳や毛づくろいを通して感染することもありますが、ウィルス自体はわりと不安定です。
特に室温では数分、遅くても数時間で感染力を失いますが、多頭飼いしている場合は感染猫を隔離する必要があります。
このようにウィルス感染によるガン発症はあっても、ガン細胞そのものが感染する報告はまだ少ないですが、ここ数年相次いでいます。
そしてこのガン細胞感染は、キタノムラサキイガイだけでなく、フランスなどに生息するヨーロッパイガイ、南米大陸を中心に生息するチリイガイにも見つかったとのこと。
そしてそれらイガイのガン細胞には、キタノムラサキイガイの遺伝的特徴が残っていました。
ということは、海水をガン細胞が移動して、伝染したと考えられるのです。
この現象は、一般的な感染症のイメージより、ガンの転移に似ています。
地球を人の身体に例えると、海水=血液に乗ったガン細胞が他の所で増殖する。
まさに伝染病というより転移です。
ちなみに二枚貝の伝染性ガンは、これまでのところ6種類発見されています。
実は伝染性のガンは、先に陸生動物において二種類見つかっていますが、その一つが2006年犬で見つかった可移植性性器腫瘍(CTVT)です。
現在のゲノム解析技術を使って、この腫瘍の起源をたどったら、なんと1万1000年前の1頭の犬に辿り着きました。
しかも現在は絶滅してしまった北米の太古の犬でした。
現在北米大陸に住む犬に、この太古犬の遺伝子が残っているか、5000頭にも及ぶ大規模な調査が行われたことがあるようですが、かすかな痕跡が見られたのがたった5頭。
遺伝的にもほぼ失われてしまっていました。
その代わりこの腫瘍の遺伝子の中に見つかったのです。
絶滅犬種が、現代のイヌの腫瘍の中で生き残っていたのは、なんとも不思議な気持ちになります。
ちなみにキタノムラサキイガイは、ガンに感染すると死んでしまいますが、現在のところ種を絶滅させるほど広がっていません。
まだ仮説の段階ですが、他のイガイにも伝染した原因として、地球温暖化に伴う海の酸素濃度低下や海水温上昇との関連が挙がっています。
環境の変化がどの程度関係したのか?
それとも実は結構前から、このような伝染は起こっていたのか?
イヌのケースから考えると、すでに失われた個体の遺伝子が、どのように生き続けてきたのか?
それらの解明は、ガン転移のメカニズム解明や治療法につながるかもしれず、今後の研究に注目です。