
紅葉も美しくなってきました。
山は季節によって、様々な香りがします。
深呼吸をすると、(特に雨上がりの時)木々の匂いと共に、足元からなんとも言えない土の匂いが立ちます。
このある種の発酵臭にも似た匂いの正体は、土中微生物の一つ≪放線菌≫です。
正確に言うと、土壌有機物を放線菌が分解する時の代謝物の匂いです。
1920年代、土壌微生物の教科書が、世界で初めて作られました。
著者はアメリカ ラトガーズ大学助教授 セルマン・ワクスマン氏。
帝政ロシア末期のウクライナの農村に生まれ育った彼は、ユダヤ人であることを理由に祖国の大学への入学が許されず、アメリカへ渡ります。
いことが、ニュージャージー州で農業を営んでいたのでそこに身を寄せ、コロンビア大学・医学部に入学することになっていました。
ところが、いとこの農場を手伝っているうちに、土壌に強い関心を抱きます。
それがきかっけで、農学へ方向転換し土壌微生物の研究に没頭します。
彼の教科書が出た翌年、科学の世界では歴史的とも言えることが起こりました。
それは、フレミングがペニシリンを発見したことです。
カビ由来の物質が、病原性微生物と闘う。”抗生物質”と呼ばれるものが登場した瞬間でしたが、当時フレミングの論文は全く注目されませんでした。
実際臨床の場で、目の感染症治療に成功していたにも関わらず、論文発表から10年近く世間は注目しませんでした。
現在、発見されている微生物は、30%程度にすぎない・・との説もありますが、実際自然界にどの程度存在しているかは、未だ誰も知りません。
しかし自然界に、人間を苦しめる病原菌に対抗できる物質が存在することに、多くの科学者たちが気づき始めた時代でした。
ワクスマンと彼が指導していた大学院生達は、様々な予備研究の結果、放線菌類に絞って研究を進めることにします。
すると1940年、非常に有効そうな物質を見つけます。
しかし実験を重ねると、病原菌だけでなくそれを保菌する動物の体をも強く攻撃してしまうことが分かり断念。
しかし3年後、指導していた院生の一人アルバート・シャッツが、病原菌だけを攻撃する物質を作る放線菌を発見しました。
その放線菌の名前 ストレプトミケス・グリセウスにちなんで、それが作る化学物質を≪ストレプトマイシン≫と名付けました。
そう、これが長い間”不治の病”とも言われていた≪結核≫の最初の治療薬です。
彼はこの功績で、後にノーベル賞を受賞します。
その後ワクスマンの研究室は、土壌からいくつもの抗菌物質を発見し、多くの感染症・伝染病から世界中の人々を救いました。
土壌微生物の可能性は、まだまだたくさん眠っています。
近年土壌中の環境が、地上に生きる生物(=植物・動物どちらも)に影響を与えている証拠はいくつも出てきています。
土の健康を守ることは、私たちの健康にも遠からず影響することを頭の片隅に置いて深呼吸すると、長く里山の環境を守ってきて下さった先人への感謝も芽生えます。
そして心地よい土の香りを感じたら、是非心の中で
『ありがとう!放線菌!!』
ネコ科の動物に比べると、やや雑食性のある犬。
その昔、犬が食べ残しを土に埋めて、後で掘り返して食べるのも、必要とする土壌微生物を摂取する一つの手段だったのかもしれません。
その中には、犬があまり得意としないセルロース(植物性繊維)の分解を助ける微生物もいますから。
ちなみに納豆菌が属する枯草菌類も、土壌に多く存在します。
#放線菌