
コッホは医者でしたので、”病気を診る”ことに特化した仕事です。
(何を当たり前のことを言うと思われるでしょうが)
だからこそ、病原性の微生物に注目し、その性質を特定する技術も確立できたのですが、これには一つ残念な部分がありました。
それは、動物にとって有益な微生物に接した経験がほとんどなかったのです。
これはワインやビール醸造の現場を良く知り、微生物の働きによって生み出される食品を見てきたパスツールと決定的な違いでした。
コッホは
微生物=病原体
という固定観念が最後まで抜けなかったと思われます。
現在も細菌論の基礎として使われているコッホの四原則は、微生物(現在はウィルス類も含む)と病気の因果関係を証明するための原則として正しいものです。
しかし例外のない原則もないように、これにも一つ問題がありました。
コッホの原則を忠実に守ると、分離・培養できる微生物しか研究できないことになってしまいました。
今でこそ、分離・培養できる微生物はごく一部だと分かっていますが、当時コッホの原則に従って検証しようとすると、まず分離できないと研究のしようがありませんでした。
さらに当時はまだ、”細菌”と”ウィルス”がごっちゃになっていました。
実際的な問題の対処が得意だったパスツールにとって、相手が細菌かウィルスかというのは、さほど大きな問題ではなかったのでしょう。
どちらも放置すると、問題を起こす(腐る・病気になる等)ものに違いはありません。
実際、ワクチン開発に成功した炭疽菌は細菌でしたが、狂犬病は”ウィルス”でしたから。
自分たちだけで増殖できる細菌類と、宿主の細胞に入らないと増殖できないウィルスでは、特徴も構造も全く違います。
毎年話題になるヒトノロウィルスも、実は未だに分離・培養できていないものの一つです。
(アメリカでマウスノロの分離には成功していますが)
そのため、ノロウィルス対策の消毒液やグッズ類は、猫の混合ワクチンでお馴染みの”猫カリシウィルス”で代用試験しています。
猫カリシとノロは、近縁で特徴も似ているので「たぶん同じような効果があるだろう」という検証ができたわけですが、全く同じものではないので、「確実に効果がある」とは言えません。
コッホの話に戻ると、そんな狭い範囲でしか研究できなかったにも関わらず、彼とその弟子たちは多くの業績を上げました。
腸チフスを発見したガフキー。
ジフテリア菌の分離に成功したレフラー。
(彼は口蹄疫ウィルスも発見。これは世界で初めて、細菌より小さく、細胞内に寄生する病原体が確認されたケースです。細胞膜を通過していく様から”濾過性病原体とか”細胞内寄生体”と言われていました)
そしてヨーロッパを長年苦しめてきたペスト菌の発見は、北里柴三郎が成し遂げました。
北里氏は、破傷風菌の純粋培養にも成功したので、これがのちの破傷風ワクチンに繋がりました。