世界を救った日本の小麦~農林10号



ここ何年も炭水化物諸悪説が蔓延しています。

ペットの世界もグレインフリーが人気。


そして「グルテンフリーで健康になれる」

「日本は米文化で、小麦は食べてこなかったから体質に合わない」

などなど・・・・。


確かに小麦やトウモロコシなどの穀物アレルギーがヒトだけでなく、ペットの世界にも増えてきているのは確かです。

そういったアレルギーがある方にとっては、その食材を避けることで体調が良くなるのは間違いありません。



しかしそれは”小麦”そのものが悪いというより、収量を上げるため使われている化学肥料や農薬、輸送のための処理、そして加工度の高い食品などが積み重なってきたのも原因と考えてます。

(トウモロコシは、ほぼ遺伝子組み換え種になったことも大きな原因かと)



また日本が文化的に米を大切にしてきたことは確かですが、小麦が存在しなかった訳でも、食べてこなかったわけでもありません。


醤油にも小麦は使われますし、うどん、冷麦、そうめん、すいとん、麩など小麦の食文化は根付いてます。

だから種子法でも米や大豆と並んで保護されてきたのです。

関連ブログ⇒米・麦・大豆の将来


縄文時代や日本書紀に出てくる麦

青森市の三内丸山遺跡からカラスムギと思われる種子が出土しています。

出土しているからと言って、必ずしも食べていたとは限りませんが身近に存在していたのは間違いありません。




そして日本書紀には保食神(うけもちのかみ)という食べ物の神様が出てきます。



月読尊(つくよみのみこと)は、天照大御神の命令で保食神に会いに行きます。


すると保食神は、口から飯や魚、肉などを出したので、月読は

「ワシの前で吐くとは何事だぁ~!汚い」

と怒って剣で切ってしまいます。



すると今度はそれを知った天照大御神が激怒。

「なんてことをした!お前とは二度と会いたくない」


この件が元で、太陽と月は一夜を隔てて住むことになったと言われてるそうです。



ちなみに殺された保食神の体から、牛馬、蚕、粟、稗、稲、麦、大豆が生えてきたとされていて、五穀(粟・稗・稲・麦・大豆)と農業だけでなく生活全般に関わる大切な労働力(牛・馬)、そして衣類に欠かせない絹(蚕)と、衣食住を守る重要な神様となったわけです。



ね、この時点ですでに麦は出てくるんです。

そりゃ精白小麦で作るパンやケーキなどは、戦後急速に広まった食べ物でしょうが、麦類を食べてこなかったわけではないんです。


世界で生産される小麦の30%が未だに引き継ぐ日本生まれの小麦遺伝子

アメリカだけでなく世界中で小麦の生産が急速に大きくなったのは、第二次世界大戦後GHQが日本から持ち帰った小麦の種子【農林10号】のお陰です。



元々、日本在来種の小麦【白達磨】には、栄養が十分であっても背丈があまり伸びないという遺伝的特徴がありました。

まるで昔の日本人のような特徴です。



稲にしろ麦にしろ、背丈があると風や台風などで倒れやすいという欠点がありますが、白達磨は一定の高さになると丈を伸ばすことに栄養を使わず、茎の強さや実の充実などに回します。

ただこの白達磨は、病気にやや弱いこともあり、東北地方以外ではあまり作付けされませんでした。



ところが大正末期、岩手県農事試験場で白達磨の遺伝を引き継ぐフルツ達磨とターキーレッドを交配し、農林10号という品種を作り昭和10年(1935年)に品種登録されます。

育成者は稲塚権次郎氏。


これは丈の短さで倒れにくいだけでなく、病気の弱さもだいぶ解消し、なにより多収でした。


世界を変えた農林10号

GHQが農林10号を持ち帰るまで、欧米で主に作られていた小麦は、15センチから20センチ間隔で植えていました。


ところが農林10号はその約3倍・50センチ間隔で植えていました。

それは倒れにくさはもとより、実がたわわに入るのでその位の間隔が必要だったのです。



そんな優れた小麦の種子はアメリカに渡り、現地の気候や土壌に合うようメキシコ系の小麦と交配。

これは今もアメリカが原種管理している優秀な小麦・ゲインズという品種になりました。



同時期、メキシコの国際トウモロコシ・コムギ改良センターが主体となったノーマン・ボーローグらの研究チームは、やはり農林10号と別のメキシコ品種を交配し、Belor14系と呼ばれる品種群を育成しました。



この小麦は生産性を著しく向上させた品種としてアメリカ大陸だけでなく、世界中で栽培されるようになりました。

この現象は、後に”緑の革命”と呼ばれ、それに貢献したとされたノーマン・ボーローグは、ノーベル平和賞を受賞したほどです。



緑の革命と廃止された種子法の影響

この緑の革命は、現在に続く大量の化学肥料と農薬の使用に頼る農業のスタイルを確立したとも言え、土壌の疲弊や河川・海の汚染、そしてアレルギーを始めとした現代病の問題につながっています。



農林10号を親に持つ優秀な小麦品種が世界を救ったのは間違いありませんが、緑の革命は今となっては負の側面の方が大きく、これが本当に平和賞にふさわしいか疑問です。

本当の意味で平和賞に値するのは、農林10号を生み出した稲塚氏の方でしょう。




農林10号が生れた岩手県と言えば、宮沢賢治の有名な詩にも出てくるように、雪深く、夏は冷害による飢饉を何度も経験している地域です。


そのため米の栽培が難しく、現在も岩手県から青森県南部の太平洋側は小麦やそばの産地です。



青森県がこの地域でも栽培可能な”まっしぐら”という米の品種を生み出したのは平成になってから。それくらい厳しい自然条件や病気に強く、多収の小麦は命綱だったのです。



それと同時に日清戦争や日露戦争など、相次ぐ世界状況の変化で、当時でも約半分を輸入に頼っていた小麦の自給率を上げる目的もあったようです。



農林10号を親として生まれた小麦ゲインズが、今もアメリカで厳重に管理されているように、穀物の種子は国家の財産です。

だから日本も米・麦・大豆を種子法で守ってきたのです。


そこにビジネスのグローバル化や国際協力などあり得ません。

どこの国も、まず自国民を優先するのは当たり前です。



2年前、マスク不足の騒動で、私たちは『お金はあっても買えない』という状況を経験しました。あれがいつ小麦や石油になるか分からない世の中です。

石油はともかく、早急に食料自給率を上げる手を打たないと間に合わないかもしれません。