ヨーグルトと免疫力~世界中の健康に貢献したウクライナ人研究者


マクロファージのお仕事

免疫細胞の一つであるマクロファージ。別名 大食細胞とか貪食細胞と言われるほど、とにかく良く食べます。


食べるのは体内に入ってきた細菌やウィルスなどの異物(抗原)、古くなった赤血球や細胞、脳内の老廃物まで。



そして体内に入ってきた異物(抗原)とそれと戦う抗体が結合した状態のもの『免疫複合体』と呼びますが、これが腎臓に流れ着いて、糸球体に沈着し少しづつ炎症が起こると”腎臓病”と言われる状態になります。


マクロファージはこの免疫複合体をも食べてくれるので、マクロファージが活躍してくれると、感染症だけでなく、多くの病気を防ぐことができ、しかも老化も遅くしてくれるのです。



異物や老廃物を処理して、異物の特徴をリンパ節に教えて免疫力を維持することは、ヒトに限らずあらゆる生物の健康に共通することです。

マクロファージの発見やその機能性の理解は、”自然免疫”という生物に備わった素晴らしい機能を証明しました。



このマクロファージを発見したイリヤ・メチニコフはウクライナ出身で、1908年にノーベル医学生理学賞を受賞します。

帝政ロシア時代に生きた人なので、”ロシア人”となっていることもありますが、現ウクライナのハルキウ州の出身です。



生物学者・動物学者だった彼が提唱した

『血液細胞(白血球やリンパ球など)による免疫機構』

という考え方は、当初「医者でもないのに」と受け入れられませんでした。

彼はバイエルンのヴュルツブルク大学(シーボルトやアルツハイマーを輩出した名門大学)に留学した経験もあり、非常に優秀な人物だったのですが、特にドイツでその理論が理解してもらえなかったのです。



しかし20歳の頃、ナポリに住んでいた動物学者コワレフスキーに招待されてイタリアへ行きます。そこでロシア出身の著名な医者や生理学者などとも知り合ったことが、後に学問の枠を超えた広い視野での研究につながっていきます。


狂犬病ワクチンの研究の失敗でパリへ

メチニコフはサンクトペテルブルク大学の修士号を取得後、私生活では苦労が続きます。



奥さんの結核の治療費や療養費を捻出するために大学で教える傍ら、様々なアルバイトもしました。

ところがその奥さんが亡くなったショックと自身の視力低下で、これまでの研究生活が思うようにできなくなると、自殺未遂までしました。


やがて研究対象を人類学に広げて、再び研究生活に戻った後2回目の結婚をします。



そしてオデッサにウクライナ初(ロシア初でもある)の微生物研究所が出来、そこの所長に就任します。


ところが当時パスツールが開発したばかりの狂犬病ワクチンの研究の失敗で、家畜がたくさん亡くなってしまい、地元の反発を買ってしまいます。


そのころ妻の父親が亡くなり、膨大な遺産が入ったため、組織にも大学にも属さず研究を続けていましたが、彼の研究者としての能力を評価していたパスツールがパリに誘います。


ブルガリアでヨーグルトに出会う

その後、彼はブルガリアで長寿の人たちに出会い、彼らが日常的に食べているヨーグルトに注目します。

そこから亡くなるまで腸内細菌と乳酸菌の研究に励みます。



ブルガリア=ヨーグルトというのは日本でもおなじみですが、

『ヨーグルトは健康や美容にいい』

ということが広まったのはメチニコフの研究によるところが大きいのです。



実はメチニコフのお兄さんレフ・メチニコフは、学生運動が原因で亡命し日本にいたことがあります。

2年ほど東京外国語学校(東京外国語大学の前身)で教鞭をとっていました。

その間、日本文化に魅了され、西欧中心史観を戒める著書も含め、日本を題材にした著書をいくつか残しています。

病気の治療のためスイスに戻らなければ、もっと長く滞在したかもしれません。



そしてもう一人のお兄さんは、トルストイの『イワン・イリイッチの死』のモデルになった人。



メチニコフ兄弟は、日本にも関係のある、そして世界中の人々の健康に大きく寄与したウクライナ人です。


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